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勘違うこと

第一年度の最後の研究面談が終わって、ようやく夏休みっぽい時間がやってきた。実際は休暇のほとんどを今後の研究計画の執筆に当てることにはなるので生活はほとんど変わらないが、少なくとも「休暇」という響きが多少心を開放的にさせる。そんな中、前のフラットで偶然出会った仲良しの流体研究者と食事に行って話す機会があった。久しぶりの美味しい外食も相まって話が弾み、「研究者とビジョン」という熱の入った話にもなった。そのとき、デザイン・テクノロジー周りのような馴染みのある分野の研究者がどのようなビジョンを唱えてきたかについての感覚は何となくあったものの、流体力学研究者のもつビジョンとなるとあまり見当がつかなかった。そこで聞いた答えを自分なりに要約すると、「何らかの経緯から自分が至った仮説か何かがあって、それがまだ完全に明らかになってるわけではなく、他の研究者が同じようにその問題に情熱を持っているわけではないものの、自分にとってはどうしても追わざるを得ないような、その部分を解明して業界がアッと驚くようなインパクトを残してやりたいというような」野心的な指針であるという。そういうビジョンのある研究者はそうでない人と比べると、求心力や魅力や説得力といった力がまるで違うそうだ。なるほどこれは分野を超えて同じようだ。たまに垣間見える世界があるものの、何か足りてない感じがする。そして、それはどうやら(全てではないにしろ一部分だけでも)自分にだけ姿を現そうとしているように感じる。そういう感覚が、極めて数学的で厳密(そう)な議論の世界にもあるということが面白かった。しかし、一体全体そうした閃きはどうやって思いつくんだろう。同じように研究をしていても、そういった感覚がどこかで持てた人とそうでない人は何が違うんだろうか。最初はただの勘違いだったのが、当人が創ってしまうことでもはや勘違いではなくなる、なんてこともあるんだろうか。