洪水礼讃

渡英から2ヶ月半というところで、年末の一時帰国が視界に入ってきた。東京から帰省するときと似たような感覚を覚えるも、実家と東京という関係と比べると、東京とロンドンにはまた別の違いがある。というのも、東京も最初はそうだったのかもしれないけれど、昨今のロンドンでの暮らしには幾分かはっきりとした、ピリッとした緊張感がある。言葉の違い、文化の違いは勿論として、特に日本にいたときとは比にならない程治安悪化が他人事ではなくて、外に出るときには漏れなく警戒心が解けない。公共空間に足を踏み入れた瞬間、自分の本能的な部分がさりげなく黄色信号を灯しているのを感じる。

その警戒心が解ける貴重な場所の一つが大学と言いたいところだが、そんな場所でさえ、先日自分のいるスタジオの水道管が破裂して(正しくは、不調の水道栓を直そうとしたにいちゃんがヘマをしてしまって)、狭くない部屋中に1cm弱ほど水が溜まる上、下の階では天井からちょっとした滝のように水が降り注ぐという笑えない(が笑う他ない)出来事が起こった。あまりの非日常感と陽気な野次馬のおかげで現場の空気はそこまで張り詰めていなかったものの、事後的に知らされた(といっても大学からは結局何のアナウンスもない)学生はもうたまらないに違いなかった。古いものこそ格調高いことの証というプライドの裏にある無数のガタのおかげで、この街は魅力的であり、また憎たらしくもある。イギリスが産業革命を率先して駆け抜けた過去の青春と栄光をまといつつも、その老いがもはや隠しきれなくなってしまった老人だとしたら、日本は将来もう少しばかりヘルシーな老後を迎えてほしい。明かりのさえない自室でインスタントの味噌汁をすすりながら、そんなこんな考えるのであります。