冬季/陶器

日本はもう暑いらしい。流石のこちらもそろそろ、と言いたいところだが今日に限っては冬のように寒い。特に暖房のきかない時間帯のこの家はとても寒くて困る。何しろ寒いと何にも集中できないし元気がでない。とはいえ、今の寒さに限っては多少希望に向かっている寒さだ。

来年度に向けて、というと少し気は早いものの、新たな住処を見つけて来週頃に引越を予定している。そこまで場所は変わらず、大学にやや近くなる。今の家は目の前に公園があったり、近くに世界一の一つと言われても納得するくらい美味いピザ屋があるところが気に入っていた。ところが、どれだけ凍えるように寒くても1日の半分しかヒーターが入らなかったり、誰のかよく分からない掃除器具から微妙に変な臭いがしたり、シャワーの水が熱湯と冷水をいったりきたりするなど、貧乏学生にとっては修行意識をなかなかに高めてくれる環境だった。来週からは一転して、陶芸家の家主(驚くことにRCAの元教授)の元、何十という陶器に囲まれた素敵な(そして何より暖かい!)場所で過ごすことになるので、良い物に触れながら少しでも感性が鍛えられれば嬉しい。

大学の方はというと、春の休暇の後再びロンドンに戻って一ヶ月と少しが経ったところで、期末試験のようなものが終わった。試験といっても、研究過程を書面とプレゼンで報告するというもの。卒業展示が近づいているのもあって、学内に少しずつ緊張感が満ちていっているのを感じる。多少隔離された博士研究室にいてもそれを感じられるのは、こじんまりした大学だからというのもあるかもしれない。試験後の開放感が残る束の間に、ためていた読み物・造り物をして勘を取り戻そうと思う... の前に、まずは荷造り。

白昼夢

年末年始の一時帰国の後、年明けに再びロンドンに戻ってから丁度1ヶ月が過ぎた。以前(昨年)と比べるとこの街での生活にずっと慣れてきたのを感じる。この状況を、月に降り立った宇宙飛行士に(少々乱暴ながら)例えるなら、地球上の1/3という重力に日々時間をかけて慣れていくような感じだろうか ー 「根本的な『何か』が違う」環境に入ったとき、ここが違う、あれが違う、と違和感を見つけては指摘し、逆にこれは近い、そこも似ているなど、自分のお国のものと似ているものを探しては、結局のところは完全に一致することなどあり得ないという諦めを余儀なくされる。(例えば全く同じ「出前一丁」のカップ麺をこちらで買って食べたとしても、やっぱり何かが違う。思うに、そもそもそれをポンドで買う時点で、まず舌のチューニングがどうしてか変わってきてしまう。)こうした果てしない選別作業を最初は無意識に続けていたのだと思われるが、ようやく「重力の違う星に来たんだから、何もかも違っていて当然」という小さな達観に変わっていった。もちろん、これは一留学生にとっては、大きな一歩なのかもしれない。

一時帰国に際しては、人生で初めて感じるなんとも不思議な感覚があった。3ヶ月の初ロンドン生活の間、年末の一時帰国は本当に待ち遠しかった(今も)。帰国前に滞在時用のSIMカードを選んだり、買っておきたい本をリストアップしたりしているときは思わず笑みがこぼれたし、お土産も普段よりしっかり買った。帰国初日には京急の電車内の清潔さに感嘆したし、セブンイレブンの品揃えには心が明るく豊かになる感じがした。ところが、思っていたよりも驚くほど早くその感動は薄れていって、1週間が経つ頃にはすっかり元の環境に順応してしまった。自分にとって留学に行ってしまうことはあれだけ劇的で人生的で運命的な変化だったのに、あまり変わり映えしない周囲に、肩透かしを食らったような気分になった。大学に行けばそれなりに友人知人や恩師がいて、もちろん「おお、久しぶり!」と声を掛け合い、世間話をしたり時には食事をしたりするものの、自分が一人いなかったところで特に問題なく回り続けている環境に、自分が3ヶ月もの間この国を留守にしていたという実感が大きく揺らいだ。同時に、ロンドンで過ごした日々についても、あたかも長い長い夢を見ていたかのような気分がした。初めははっきりしていた記憶に、次第にもやがかっかていったような気がしなくもない。もしあそこで、「え、ロンドンにいたって?何言ってるの、あなたずっと東京にいたじゃない?」なんて言われようものなら、本気で信じかけてしまいそうにならなくもなかったかもしれない。手元にあるRCAの学生証とオイスターカード(イギリス版のPASMO)が、ほぼ唯一物質的な証拠として、頼りなくその記憶を支えていた。

原因をああだこうだ唱えるのはそう難しいことでもないかもしれないが、一つの解決しなくていいおはなしとして、これを記録しておきたいと思った。さて、二度寝して今見ている白昼夢はというと、これがもう暫くは、覚めてくれそうにはありません。

時計屋

7分ほどの徒歩と若干のバス待ち時間を除けば、バス一本で大学に行けてしまう今の家。徐々に行動範囲が広がっていくにつれ、都心から付かず離れずのこのロケーションはなかなか悪くないと思えてくる。住めば都なのだと言えなくもないが、それなりでなければ勝手に都が立つというものでもない。

日によってばらつきはあるものの、バスは平均して片道40分ほどかかる。(強がりではなく、これくらいはロンドンの中心部に通う学生にとっては当たり前のことらしい。)そんな道中の真ん中のあたりにアンティーク家具屋がいくつか並ぶ通りがあって、いつも車内からちらっと気になる。先週、その中でも特に気になっていた時計屋に思い切って足を踏み入れてみた。店の前に立って初めて分かることは、そこにあった二店舗とも、まず入り口のベルを鳴らさないと中へ入れてくれない。仕方なくベルを鳴らして奥からの店員を待つものの、自分のようなアンティークなど手も出せそうにない学生が目に入った瞬間に入店を断られるのではないかという、嫌な予感がする。ところが意外にも、ここ2ヶ月半で諦めに慣れきった覚悟とは裏腹に、どちらの店でも快く出迎えてもらうことができた。片方はおそらく職人さん、もう片方は事務系の方で、二人とも流暢に説明をなさる。

大小さまざまの振り子時計に囲まれた空間は独特の魅力があって、それぞれの時計が微かな音でチクタクと秒針を動かしている。うろうろと店内を歩いて自分の場所が変わるごとに、聞こえてくる時計の音がダイナミックに変わる。振り子はせわしなく動くものもあれば、ゆったりとスイングするものもあって、個性の幅がとても広い。機構がむき出しのものに対しては、少し触って邪魔をしてみたくなるような好奇心をくすぐられる。総じて、時間を正確に測ってそれを示すという唯一の任務(であり大義名分)が、それらの反復運動をずっと説得力のある、神秘的なものにさせていた。

洪水礼讃

渡英から2ヶ月半というところで、年末の一時帰国が視界に入ってきた。東京から帰省するときと似たような感覚を覚えるも、実家と東京という関係と比べると、東京とロンドンにはまた別の違いがある。というのも、東京も最初はそうだったのかもしれないけれど、昨今のロンドンでの暮らしには幾分かはっきりとした、ピリッとした緊張感がある。言葉の違い、文化の違いは勿論として、特に日本にいたときとは比にならない程治安悪化が他人事ではなくて、外に出るときには漏れなく警戒心が解けない。公共空間に足を踏み入れた瞬間、自分の本能的な部分がさりげなく黄色信号を灯しているのを感じる。

その警戒心が解ける貴重な場所の一つが大学と言いたいところだが、そんな場所でさえ、先日自分のいるスタジオの水道管が破裂して(正しくは、不調の水道栓を直そうとしたにいちゃんがヘマをしてしまって)、狭くない部屋中に1cm弱ほど水が溜まる上、下の階では天井からちょっとした滝のように水が降り注ぐという笑えない(が笑う他ない)出来事が起こった。あまりの非日常感と陽気な野次馬のおかげで現場の空気はそこまで張り詰めていなかったものの、事後的に知らされた(といっても大学からは結局何のアナウンスもない)学生はもうたまらないに違いなかった。古いものこそ格調高いことの証というプライドの裏にある無数のガタのおかげで、この街は魅力的であり、また憎たらしくもある。イギリスが産業革命を率先して駆け抜けた過去の青春と栄光をまといつつも、その老いがもはや隠しきれなくなってしまった老人だとしたら、日本は将来もう少しばかりヘルシーな老後を迎えてほしい。明かりのさえない自室でインスタントの味噌汁をすすりながら、そんなこんな考えるのであります。

AxB

渡英から1ヶ月と2週間が経とうとしています。これまでの一番大きな変化というと、引越しでしょうか。最初親戚にお世話になっていたSlough(ヒースロー空港の西)から、ロンドン北西部のQueen’s Parkという公園の真ん前に移りました。市内は10分ごとくらいにバスがやたら走りまくっているので、電車やらバスの時間をほぼ気にせず移動できるのはかなり快適です。3階建てフラットで7人くらいとのシェアですが、部屋にキッチンがある(かつ共用リビングがない)ので、まだフラットメイトは3人しか知りません。部屋の電気、洗濯機、シャワーを使うたびにいちいちコインでメーターをチャージしないといけないという、この21世紀に信じられないレトロなお家です。(これはロンドンでも普通じゃないらしく、誰に言っても驚きます。Sloughに住んでたことも同様に、誰に言っても驚きます。)あとイギリスには網戸という概念がないらしく、今も頭の上でてんとう虫が一匹独壇場を繰り広げています。

大学としては、AcrossRCAという学内横断プログラムがありました。運良く抽選にあたって、Design Ethnographyをテーマにした5日間朝から夕方までのかなり集中型ワークショップに参加しました。博士の学生は(今のところ)ここまで密なワークはないので、IDE修士の人たちのスケジュールの密さに改めて驚愕します。エスノグラフィーは主に文化人類学の分野において、フィールドワークを通じてある集団の特徴を調査することをいいます。実際、練習ということで一日フィールドワークの日が設けられ、ペアとの話し合いによりIKEAに行ってお客さんの隠し撮り&突撃インタビューを繰り返すという、なかなか精神力を使う訓練をしました。オランダ出身でテキスタイル専攻のペアがなかなかアーティーな切れ者で、「そういうプレゼンテーションもありかあ〜」と学ばせてもらいました。

こうした充実した出来事の反面、地味に超不便なことだらけな国というのは相変わらず、(1ヶ月半経ってもまだ銀行口座が開設されないとか。秋葉原みたいに電子部品をぱっと買えるところが皆無で、通販になる結果届くのに一週間以上待つとか。学食で適当に取ったましそうなサンドイッチが800円 もするとか。)物事に期待しない生き方が爆速で身についていくのを感じます。「予定Aを立てたけど上手くいかない可能性もx%あるから、そのときにはBをしよう」の、xが8から70くらいに上がって、Bを考える力がつきます。

何にせよ、とりあえず無事に(?)一ヶ月を乗り切ったという、これはこれでめでたいことです。そして明日くらいには電子工具が届くはず(x%)なので、やっと研究が発車できそう(A)です。さて、明日は何をすることになるんでしょうか(B)。

 

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AcrossRCAでのプレゼン資料

Week 1

渡英後一週間と5日が経ち、ようやく最初のバタバタが落ち着き始めているのを感じます。世界基準的にいうと(と言えるほど人生経験はありませんが)東京とロンドンは似ている方だと思うのですが、当然小さな(であると同時に意外と大事な)ところがチラホラ違い、それらが日々小さな刺激として蓄積しているせいか、ほぼ毎日のように夕食を食べた途端に目眩のような睡魔にノックアウトされて、床に平伏しています。(SIGGRAPH 2014のETechの日々を思い出す。)多分すごいスピードで慣れようとしているのと同時に、違和感をすぐ忘れていっちゃうような気もするので、粗いメモとして書き残しておこう、と思います。

 

大学のこと

- IDE修士の学生の自己紹介(1分+1スライド)を見たところ、みんな話が上手い。こういう場で人となり(真面目系、ジョーク系、お花畑系、)が出てくるように思えた。

- IDEの博士課程 (MPhil/PhD) の同期は、意外にもあと4人いるらしい(といってもそのうち2人しか多分まだ大学に到着してない)。一人はIDE修士卒、もう一人はケンブリッジ卒、二人ともしっかりとファンディングを受けているという、なかなか厳つい感じだが、二人ともチャーミングな女の子で、それがまた逆に怖い。

- 何故かIDEの博士学生にNASAの元executiveがいる。

- 英語の聞き取り力が、まだかなり状況と人による。細かい訛りやら話題(ボキャブラリー)がまだ自分に十分にインストールされていない感じ。これはもはや努力というよりも経験値の問題な気がする。

- イギリス英語の細かい文法やら発音の隠れファンとしての一つの発見は、'royal'の発音における'y’がかなり弱く抜け落ちていて、[roiyal]というよりもほぼ [roiol]と発音されているように聞こえる。こういうの、多分まだまだある。

- 学生vs学務課のQ&Aセッションのときに 'What is the biggest change a student has made on the college?' という質問に、'ダイソンビルができたこと' と返されて、まあ確かにそうだけども、と思った。

- 博士学生もちらほらいる。ただし年齢層は高め。なぜだかリサーチ系の人の話の方が聞き取りやすい。思うに、求められる発言/会話スキルがかなり違っていて、じっくり考えて文章を組み立ててそれをしゃべる(つまり少し文語的になることもある)ことが研究畑の人の方が多く、その方が頭の中で英作文/英訳の問題を解いているみたいに考えられて、自分にとっては現状やりやすい、のかも。

- 博士学生に向けたオリエンテーションセッションで、教授陣が持ち時間10分間を本当に淀みなく喋り続ける。

- Design Product科の卒業生有志展示が良かった。これまで東京で見たプロダクト系の展示であまり良いと思うことが少なかったからその点新鮮だった。2年前にそこを卒業した友達曰く 'They should be good.' とのこと。

 

日常のこと

- バス停で椅子に座ってるだけだと全然無視される。(ほかに人がいないときは)アピールしないと止まってくれない。

- バスが多くて便利だが、渋滞がかなり多い(時間が全然読めない)。

- 空気がやや汚い。

- ヒースロー近くに滞在していて、空を見上げると飛行機雲だらけであることが多い。かなり近くを飛行機が飛んでいて、最初かなりビビる。

- KINTANという焼肉屋が中心地近くにあって、ここはユートピアだ、と思った。

- 滞在先に親戚の赤ちゃんがいて、すごく笑ってくれるのが嬉しい。

 

謝辞

- 友達が渡英前にくれたお箸がかなり役に立ってます。ありがとうございます!

- 後輩がくれた買い物袋と日本食が今になって心に染みてます。ありがとうございます!

- 先輩がくれたアイマスクはまだ使えてませんが、今夜あたり使ってみます。ありがとうございます!


記念すべき最初の1-2週目について、活字でなければきっと乱筆なメモにて。Paddingtonからの深夜便に揺られながら。 

出国前の洗礼集

主に大学/大学院からの留学に興味がある人向けですが、気付いたことをまとめてみます。手続きに関することは、留学について何ら本質的なことではないですが、こういうこともあったんだなという自分の記録のためにも。公表はされていないけど、「知ってる人は知ってる」事情があって少し戸惑ったりもしました。
 
-語学成績
殆どのところで" Language requirement"という最低限必要な語学成績のボーダーが引かれてある。これは、大学によってTOEFLだったりIELTSだったりする。ところが意外にも、出願の時点では必ずしも必要点数に達している必要があるわけではない(ところが多い)。それどころか、最終的に達していなくても少しくらいなら、入学前後に補講を受ければそれでクリアしたことにする、という緩いところもある(RCAもその一つ)。この辺りの「緩さ」加減は聞いてみないと分からなかったので、直接admission officeにメールすると良かった。(意外とすぐ返事がくる。)
 
-語学成績とビザ
2015春からIELTS for UKVIという、英国ビザ申請のために必要な試験が設けられた。これは、従来のIELTSと全く同じ内容で、受験会場は東京と大阪の二ヶ所しかなくて、何が違うといえば、試験会場に入室する前にスタッフのおばちゃんが慣れない感じで金属探知機を当ててくるのと、お値段が従来の倍くらいする、という至極お茶目な試験。春に突然この制度が導入されたために、夏にかけてこの混乱に巻き込まれていた。結論としては、(RCAの場合は)入学に必要な点数(6.0~7.0くらい)は従来のIELTSで到達していればよくて、但しビザ申請に必要な点数(5.5くらい)は IELTS for UKVI で達している必要があるとのことだった。
 
-出願時期
厳密な〆切があるところもあれば、あまり時期を選ばないところもある。RCAの場合、一部の(Global Innovationとか)学科を除いて年中出願を受け入れている。ただし人数の多い学科(特に修士?)は早いほど有利なのは間違いなさそう。自分の場合は(割とマイナーな)博士課程への出願だったので、念のため目安の期限みたいな時期を守ってはみたものの、〆切はそんな大事ではなさそう。2次試験のインタビューも「(スカイプは話しにくいから)ロンドンまで(わざわざ)来るのが望ましい」とのことだったが、「4月に展示でミラノに行くのでそのついでに行けると安上がりで助かります」というとその時期にセッティングしてくれた。ちなみに、成田空港からの帰りのバスの中で合格通知のメールをもらって、その直後に食べたつけ麺が(ミラノ/ロンドン帰りというのも相まって)格別だったのを覚えている。
 
留学を支援してくれる奨学金制度は、だいたい留学一年前の夏頃に申請をして、結果が秋冬頃に決まる。奨学金の有無が入学審査の重要な要素だったりするので、この時期に行われるらしい。申請時に志望校を書かされ、それが1校だけだったり、はたまた7校くらいもあったりする。しかし、たとえ1校しか書いていなくて、そこじゃないところに入学が決まったとしても、(あまり公表されていないけど)簡単な届け手を書くだけで認めてもらえるそう。ただし、学位の変更(博士→修士)は少しハードルがあるとこのこと。
 
もちろん大学や財団によって制度は千差万別ですが、個人の経験からおおよそ分かったことをまとめてみました。他には、雑多な感想として
 
-推薦状
大学の恩師や、IPA未踏プロジェクトのメンター、衛星プロジェクトのリーダー、展示でご一緒した先生に推薦状をいただきました。最近は推薦者自身がアップロードする方式が多く少し手間がかかるんですが、皆さん快く引き受けてくださったのが感激でした。感謝、感謝です。自分も将来若者を推薦するようなことがしたいとピュアに感じたのでした。
 
-その他
思い出し中
 
おそらく研究やトレーニングに意欲的であればあるほど、細々とした情報収集はとても面倒に感じます。が、これもまた洗礼と受け止めて、有意義な留学になることを祈ります。